ということで、入ったサークルは。。。
「放送研究会」(*^_^*)
もともと、「放送」というものに興味があった事もあるのですが。。。
このサークル。
結構、大所帯で、40人以上が在籍していました。
で、決め手になったのが。。。
「女子が半分!」
重要でしょうっ!
しかも!!
昨年度の「ミス成蹊」が先輩!!
こう書くと、なんだか「女子目当て」みたいに思われるかもしれませんが・・・
決して、そういう訳ではありません。。。
当時の成蹊大学放送研究会は、「音」。
番組制作は、「ディスクジョッキー」「ラジオドラマ」「ドキュメンタリー」
でした。
入部したばかりの1年生は、1年生パートと言って、基礎を学びます。
発声練習。
ディスクジョッキー番組の作り方。
ラジオドラマの作り方。
ドキュメンタリーの作り方。
例えば。。。
ディスクジョッキーは、成蹊大学(SBC)では、「ワンマンタイプ」というやり方をしていました。
基本、「生放送」
机の上に、「ミキサー」を置き、その左右にレコードプレーヤーを置きます。
一人で、ミキサーを操作してしゃべりながら、レコードで曲を流しながら、片方のプレーヤーで頭出し。
自分がしゃべるマイクと、2台のレコードプレーヤーを駆使して、一人で一つの番組を創りあげていくのです。
これが、なかなか面白かった。
放送研究会では、番組作り以外にもアナウンスの基本も学びます。
発声練習はもちろんの事、人前で話す練習もします。
ある日の事。
その日は、3分間スピーチの日でした。
どんなテーマで、どんな話をしたか忘れてしまいましたが、同期や先輩方が見てる前で、私は、
「助けたろまい」
と言ってしまったのです。
一瞬の間を置いて、大爆笑!!!
笑われた私は、何故、笑われているかわかりません。。。
しかし。。。
その日以来。。。
名古屋弁を。。。
封印しました。。。
東京にいる時には、できる限り東京弁でしゃべる様につとめました。
「名古屋」は、今でこそ全国的に認知されていますが。。。
当時、東京ではバカにされる事が多かった様に記憶しています。。。
今は。
意識して名古屋弁をしゃべる様にしています。
名古屋で東京弁をしゃべると、なんだか「冷たい」感じになってしまうんですよね。
あと、気取った感じにも受け取られるし。。。