この会社に入ってから、いくつかの細かいイザコザを除けば、本当に順調に仕事をしていました。
会社の業績も、伸びていましたし。。。
ただ、今後のことを考えていくと、心配な事も多々ありました。
だから、この研究会での取り組みを強力に推し進めていかなければいけない。
真剣にそう考えていました。
それまでほとんど勉強してこなかった「マーケティング」に関する勉強をし始めたのもこの頃です。
この会社に入るまでは、自分の仕事に「マーケティング」が関係してくるなんて夢にも思っていませんでした。
日本酒は、一般消費者に買って頂かなければはじまりません。
この「一般消費者」の顔がなかなか見えてこないのです。
販売対象となる方の顔が見えて来なかったら、商品戦略はもちろん販売戦略や、営業戦略を立てる事すらできません。
ましてや、インターネットの時代に突入し始めていたこの頃、マーケティングの必要性をひしひしと感じていました。
この研究会には、コンサルタントが絡んでいました。
私が真剣にマーケティングの勉強を始めるようになったのは、この方の影響がとても大きいです。
私自身は、この方を「師匠」と思っています。
しかし、研究会発の取り組みは、なかなかうまくいきません。
走り始めては問題が発生する。
動き始めると逆風が吹いてくる。
この繰り返しでした。
そうこうするうちに、徐々に、この研究会の方々が望まれているレベルが、それまでのレベルより遥かに高い所にある事が明確になってきました。
一生懸命、頑張ってはいたのですが、だんだんと研究会の総意としての要求にお答えする事が難しくなっていきました。
研究会企画の商品を販売するのですが、目標数字をクリアする事ができないのです。
要求されるレベルを満たすためには、人的にも能力的にも無理。
そう思い始めていました。
それでも、この研究会の取り組みを
「やらなければいけない。」
「成功させなければいけない。」
と、思い込んでいた私は、ガムシャラに取り組みました。
やがて、私の仕事も、この研究会に関係する事がその大部分になって、
それまでの仕事がおろそかになってしまってきている事もあり、
社長は、ますますこの研究会と距離を置き始めるようになり、
私は、そういう態度を示す社長に嫌悪感を隠さないようになっていきました。
「これしかない!」
と、真剣に考えていたのです。
でも、頭の片隅では、
「本当に、これでいいのか?」
という想いも、ほんの少しありました。
自分の中で葛藤していたのだと思います。
そういう葛藤の影響もあったのでしょう。
一時は、「うつ病」と診断された事もありました。
今、考えれば「固執」していたのだと思います。
「こうでなければいけない。」
「こうしなければいけない」
そういう想いが強すぎて、視野が狭くなっていたのだと思います。
その結果、社長はじめ多くの方々を傷つけてしまいました。
結局、会社としてはこの研究会を退く事に決定しました。
社長には、この一件がひと段落した段階で、それまでの自分の態度を謝罪しました。
そして、仕事をそのまま続けさせて欲しい、とお願いしました。
社長は、それまでの私の行状を許して下さいました。
これまで通り、仕事をする事もお許し下さいました。
しかし。。。
私の中には、この頃から
「いつか独立しよう。」
という想いが芽生えていました。
社長自身も、そうなるだろうと思われていたのだと思います。